精神科医の第一人者である小此木啓吾氏は、1970年代に「モラトリアム人間」という概念を提唱し、「大人になりきれない大人」の存在を指摘しました。その後、成人30歳、40歳とも言われ、心の成熟期がますます後退していると言われます。
心の成熟において「自尊感情」の高低がポイントです。「自分には価値がある」と自己肯定できていると、困難な局面にぶつかってもすぐにあきらめることはなく、目標を達成しようと粘り強く努力を続ける傾向にあります。また、叱られたり批判されたりしても、突然「きれる」ことは少なく、感情的に安定している特徴が見られます。いわゆる、「大人」とされる人のイメージです。
今、人材開発のキーワードである「レジリエンス(精神的回復力)」と「自尊感情」は深い関係にあります。「レジリエンス」は、端的にいえば「折れない心」です。「レジリエンス」が着目され、「自尊感情」の向上を意図した人材教育や組織風土づくりがされているのは、心の成熟期がミドルの時期にずれこんだ現代にあって必然のことと言えます。
大阪の「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」を運営する(株)ユー・エス・ジェイには、社員を表彰する制度として「スイング・ザ・バット賞」があります。
『 Everything is possible. Swing the bat! Decide now. Do it now.』
(チャレンジすることで可能性は広がる。全ては可能になる。失敗を恐れず、自ら決断し、行動しよう!)
出典:「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」HP
このビジョンに基づき、成果が出なくても失敗したとしても、「バットを振った」、つまり何かにチャレンジし行動した人を讃える人事制度です。社員の行動を認め、その結果として「自尊感情」を高める組織風土づくりとして特徴的です。
「自尊感情」の向上には、「有意味フィードバック」である他者からの承認が必要となります。「有意味フィードバック」とは、「褒める」「賞賛する」だけでなく「叱る」「厳しい指導」も含み、その人の成長にとって意味のあるフィードバックを指します。「スイング・ザ・バット賞」は、挑戦を賞賛する制度ですが、失敗しても評価されるのは、社員に失敗を意識化させるという厳しい面も含んでいます。
人を活かす経営とは、(株)ユー・エス・ジェイのように経営理念やビジョンを「お飾りの言葉遊び」に終わらせず、社員の心を成長させる制度や組織風土を具現化していくことです。その際、現代人の「心の成熟期」を考慮すると、「自尊感情の向上」は、今後、経営上の取り組むべきテーマとして忘れてはならないものとなります。