1947年静岡県生まれ。浜松大学教授、福井県立大学教授、静岡文化芸術 大学教授を経て、2008年より法政大学大学院政策創造研究科教授。NPO法人 オールしずおかベストコミュニティ理事長。他にも、国、県、市などの公職多数。専門は中小企業経営論、地域産業論。
「人を大切にすることが企業経営において最も重要である」こう語るのは、ベストセラー「日本でいちばん大切にしたい会社」の著者、法政大学大学院の坂本光司教授だ。女性活躍の実践においても、この本質は変わらないと言う。
一方、働きたい女性の気持ちを応援する事業を行い、最近では東京都と共同でに女性起業家支援にも取り組む株式会社キャリア・マムの堤香苗社長は、本当の意味での女性活躍はこれからだと主張。
いずれも独特の視点で女性活躍を捉えている両氏が、女性活躍の正しい実践について語り合う。
堤 「女性活躍」という言葉がメディアなどで使われるようになって大分経ちますが、坂本先生はご専門の立場から、この「女性活躍」を取り巻く現状をどのように見ておられますか?
坂本 私は長年、人を大切にすることが企業経営において最も重要であると言い続けてきました。しかし、まだまだ、それを実践できていない企業が多いと感じています。企業は「業績軸」ではなく、「幸せ軸」で経営をするべきです。
如何に儲けるかという視点ではなく、従業員を含めてその会社に関わってもらっている人々を如何にして幸せにするかという視点が必要です。「女性活躍」についても、この「幸せ軸」で行うべきなのですが、多くの企業では依然として「業績軸」でしか女性を見ていません。
堤 同感です。女性の活躍できる場面はまだまだ限られていると思います。地理的な面で言えば、都心部に集中し、地方にはありません。企業規模で言えば、大企業が中心です。中小企業では「女性活躍」を意識している経営者の数はまだまだ少なく、またそのような余裕もないように思えます。
加えて、日本は諸外国と比較した場合、女性が働き続けることが難しい国だと言えます。よくM字カーブ(下図参照)と呼ばれていますが、日本女性の年齢階級別の労働力率変化をグラフで表すと、日本や韓国などはアメリカやヨーロッパ諸国に比べて、出産や育児の時期である30代での落ち込みが顕著です。
これは「人様に自分の子供を預かってもらうなんて」という様な、日本独特の文化的な背景が未だ根強く残っていることも一因です。
坂本 「女性活躍」はまだ道半ばですが、あまり悠長なことも言っていられません。実は日本は今、危機的な状況にあります。現在、日本には個人事業と法人を併せて約420万の事業体があると言われています。これが、新たに誕生する事業体と消滅する事業体の差し引きで、全体として毎年20万もの事業体がなくなっています。この落ち込みを抑えるためには、もっともっと多くの女性起業家が登場して事業を創出していくことが急務です。
堤 坂本先生がおっしゃる通りで、女性の働く場を増やすだけでなく、女性起業家も増やすことが「女性活躍」では必要だと思います。その際に重要なことは、女性起業家と男性起業家との違いを理解することです。
私自身も女性起業家としてキャリア・マムを立ち上げ、経営を行ってきましたが、一般に男性と比べた時に女性経営者は、起業するときの企画やコンセプトは非常にすばらしいものがありますが、一方で、それを事業として継続させるためのマネジメントや経営管理といった実務的な部分が苦手である傾向があります。その点をどう補うかがカギになると思います。
堤 坂本先生は「女性活躍」の今後の方向性をどのように考えていらっしゃいますか?
坂本 政府は「女性活躍」を「一億総活躍」というコンセプトに昇格させて、その上でGDPを500兆円から600兆円に増やすための成長戦略を描いています。では後100兆円をどうやって作り出すかと言えば、それは輸出などではなく、内需だと私は考えています。
国内需要は既に飽和していると言う方もいます。しかしそれは男性視点で見た場合のこと。日常生活において購買の決定権を持っているのは多くの場合女性ですが、その女性から見た場合、まだまだ消費者ニーズを喚起できることがたくさんあります。
また、今後は社会全体がサービス化、ソフト化していく中で、企業経営においても生活者の感性とか感覚がよりいっそう必要とされます。したがって企業経営でも男性よりも女性の視点がますます重要となり、女性が活躍できる場面がもっともっと増えていくのではないでしょうか。
堤 同感です。女性視点での商品開発はまだまだ可能性があると思います。これまでは男性視点での「これ欲しいだろ」のような主語が作り手であるマーケティングが一般的でした。これからは、「これ欲しい!」と消費者に言わせるような顧客の感性に訴えるマーケティングがますます必要となるでしょう。
キャリア・マムでは、企業の商品開発やマーケティング支援の1つとして自動車の開発にも携わらせて頂いているのですが、その中で感じるのは、企業側、特に男性担当者が依然として「ここにモールがある」とか「ここの加速が」とか車の機能や性能などを訴求しようとすることです。これでは女性の消費者は心が躍るはずがありません。
それよりも、「子連れや介護でも乗りやすい」とか「パーキングに止めやすい」とか、女性が不安やストレスなく、ワクワクするメッセージを想像力やイマジネーションを持ってどう伝えていくが重要になります。これは男性よりも女性が得意とする分野だと思います。
坂本 ところで、キャリア・マムさん自身の社内における「女性活躍」については、どんな取り組みをしていますか?
堤 キャリア・マムは1996年に3名でスタートして、現在では22名の社員がいます。男性も在籍していますが女性中心の会社です。
事業が拡大していく中で、フルタイム、在宅、外勤、内勤など、スタッフそれぞれの事情に合わせて働き方を選べるように、現在、7段階の働き方を用意しています。
また、家庭の事情などに応じて働き方を調整することが可能で、例えば、家庭の事情などが落ち着き、働き方を変えたい場合は相談のうえ、変更することができます。例えば、家で介護する必要が出てきて仕事量を減らしたい場合、あるいは逆に育児の必要がなくなって仕事量を増やしたいというような場合も、相談のうえ、仕事量を調整することができます。
評価制度については、パーソナル級と職能級の2段階で評価するようにしています。このうち、パーソナル級では、当社の理念を共有しているか、そして、それに伴った行動をしているかといった点で評価をしています。
坂本 多種多様な働き方を用意している様で素晴らしいですね。多くの会社では、会社の都合に従業員の働き方を一方的に合わせています。「幸せ軸」ではなく、「業績軸」でやっています。世の中、「女性活躍」の実践が下手な企業が多すぎます。そんな中、キャリア・マムさんは良く経営されていると思います。
堤 キャリア・マムでの「女性活躍」についてもう1つ挙げると、最近、当社は東京都と一緒に女性起業家を支援する取り組みを進めています。
これは、当社が東京都からインキュベーションHUB推進プロジェクト事業の女性キャリア&起業家支援プロジェクトの事業者に選定され、都から助成を受けながら当社自身も1千万円以上の資金を投下して、女性たちの起業をサポートする取り組みです。
私たちは、これまで、女性たちが子育てや介護をしながらでも働ける職場を紹介する事業も行ってきました。しかし、このような職場が世の中にたくさんあればいいのですが、現実はまだまだ限られています。
そこで、まずは女性の起業を支援することが、女性が働き続けることのできる社会の実現に近づけるのではと考えて始めました。
東京には、発注元となり得る会社が何万社、何十万社とあり、また様々な専門を持った人たちが集まっている場所でもあり、起業しやすい環境にあります。しかし一方で、女性の起業における大きな問題の1つに保育があります。立ち上げたい事業があっても東京では子供を預かってもらえる保育園がまだまだ足りていません。
現在、東京都に託児や保育所付のコワーキング・スペースがある施設を作る提案も行っています。この考えは今後、デイケアとかショートステイなどの介護施設と働く職場とを連携させることに進化していくでしょう。そうなれば、介護の領域にも新しいビジネスが生まれることにもなります。
また、女性起業家同士のネットワークを作る取り組みも行っています。「つらいのは私だけじゃないんだ」とか「この社長さんも同じなんだ」のような思いや経験が共有できることは、女性起業家にとって大きな励みになると思うからです。
坂本 連携やネットワークは重要だと思います。大分昔のことになりますが、異業種交流会という考えを提唱して、経営者が交流できる場を全国的に広めました。今ではもう当たり前になっていますが、当時は、業種を超えて経営者が商品の売り方や経営の考え方などについて情報交換や情報共有できる場所がなかったので、とても新鮮な取り組みでした。
女性起業家の支援においても、この異業種交流という考え方は非常に有効だと思います。キャリア・マムさんには是非、その枠組みを作ってもらえたらと思います。
堤 今回は、「女性活躍」について坂本先生と意見交換をさせて頂き、また当社の「女性活躍」の取り組みや女性起業家支援について、いろいろとアドバイスをいただき、大変参考になりました。本日はありがとうございました。
(終わり)