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「私の経営学にはリストラという言葉は存在しない」こう語るのは、ベストセラー「日本でいちばん大切にしたい会社」の著者、法政大学大学院の坂本光司教授だ。経営を語るのに同教授は、ROE、効率化、利益率などといった通常、経営学で使われる用語を用いない。むしろ「幸せ」や「大切」といった人間味ある言葉で経営を語ろうとする。

一方、「企業を本質から変える」として中小企業の経営支援に取り組んでいる株式会社コンサルティングZEROの松本和義社長は、経営者に経営の原点に立ち返るZERO経営を推奨している。

いずれも独特の視点で経営を捉えている両氏が、経営の本質について語り合う。

【ビズテリア経営企画 編集部】

企業の課題はいつの時代も「人」

坂本光司 (Koji Sakamoto)
法政大学大学院政策創造研究科教授、法政大学大学院静岡サテライトキャンパス長。
1947年静岡県生まれ。浜松大学教授、福井県立大学教授、静岡文化芸術 大学教授を経て、2008年より法政大学大学院政策創造研究科教授。NPO法人 オールしずおかベストコミュニティ理事長。他にも、国、県、市などの公職多数。専門は中小企業経営論、地域産業論。

松本 坂本先生は長年にわたりたくさんの企業経営者にお会いされてきたかと思います。その上で、まずお伺いしたいのですが、企業の抱えている問題をどのように捉えているでしょうか?

坂本 私の実感で言うと、だいたい全体の一割の会社は、大変素晴らしい経営を行っていて、特に大きな問題は無いように思えます。そういった企業では、経営の質をさらに高めていくことに邁進されています。一方で、残りの9割の会社で問題となっているのは「人」です。優秀な社員を採用できない。あるいは、採用できても常に最高の状態で価値ある仕事をしてくれない。せっかく育った社員が辞めていく。このような問題です。

松本 私も先生に同感です。私は常日頃、様々な中小企業の経営支援をさせて頂いているのですが、「人」の問題は中小になればなるほど深刻度が増しています。最近は求人倍率が全体として上がって来ていることもあり、中小企業における採用は難しくなっています。時給を100円、200円上げても人が来てくれません。仮に時給を上げて採用が出来たとしても、今度はさらに収益率を上げる必要に迫られます。

坂本 「人」の問題は、今の会社に限ったことではなく、いつの時代においても常にあることです。一般論として言えば企業の最大の問題と言えるでしょう。私はこれを「人財問題」と呼んでいます。「人材」ではなく、「人財」です。つまり、企業にとって社員とは、財産のように貴重な存在であるということ。その認識の上で、問題に対処していく必要があるということです。

変わってきている従業員の価値観

松本和義 (Kazuyoshi Matsumoto)
株式会社コンサルティングZERO 代表取締役
理念浸透コンサルタント
京セラコミュニケーションシステム(株)(現:KCMC)、フェイス総合研究所(株)を経て。株式会社コンサルティングZEROを設立。理念浸透コンサルタントとして、これまで約150社の理念(クレド)構築・浸透に携わる。
導入先では3年間で「昇格者数2倍」「離職率35%DOWN」「入社希望者250%UP」「顧客の手紙5倍」といった成果を上げ、理念浸透を通じて「人材育成力」「定着率」「採用力」「顧客満足力」の向上に寄与している。

松本 私は顧客企業の経営支援を行う中で、その会社の従業員の方々と様々な対話をさせて頂いております。その経験で言うと、従業員の意識がこれまでとは変わってきているように感じていますが、坂本先生はどう思われますか?

坂本 確かに従業員の意識というか、価値観が時代とともに変わってきていると思います。一昔前、特に高度経済成長期においては、「大企業に入りたい」、「上場企業なら安心」、「給料の高いところ」などと言った、企業規模や業種、企業のステータス、給与水準などを基準に入りたい会社を選ぶことが一般的でした。ところが現在ではこの価値観は一変して、「自分にとって良い会社」、「自分に合う会社」というようなものに変わってきています。これは若者だけに限らず、世代を超えて見られる傾向です。働くことに対しての目的や意識の変化が根底にあるのだと思います。

松本 坂本先生のおっしゃる通りで、従業員の意識はこれまでとは大きく変わってきています。そのような状況の中で、経営者が従業員に対して、どのように夢や希望を見せていくのかが問われているのだと思います。「売り上げを倍にする」とか目標だけを言っても従業員はついてきません。その辺の認識を変えていく必要があると思います。

坂本 一番の問題は、これだけ働く側、つまり従業員の価値観が変わってきているにも関わらず、経営者側の意識が旧態依然としていること。給料を上げさえすれば従業員はついてくると考えている経営者がたくさんいることです。これは高度経済成長期のイメージをいまだに引きずっているからではないでしょうか。このような会社が9割もあることが、この国を不幸にしていると言えるでしょう。

会社は「人」を幸せにするためにある

松本 では、企業経営の本質はどこにあると坂本先生はお考えですか?

坂本 私は長年、日本全国にある数多くの会社を訪問して、現場の経営状況を見て来ました。うまく行っている会社とそうでない会社の違いはどこにあるのか。その違いを企業訪問時の肌感覚で得られる知見として積み上げて来ました。その経験から言うと、企業経営の本質は「人」を幸せにすることにあります。

ここで言う「人」とは次の5つを表しています。1.従業員とその家族、2.外注先や下請企業、3.顧客、4.地域社会、5.株主や金融機関・行政機関。

詳しくは私の著書「日本でいちばん大切にしたい会社」で解説しておりますが、重要なのは、会社はその組織に関わっている人たちを幸せにするために存在するということです。

松本 同感です。私は企業の経営理念を作り上げる支援を行っているのですが、この経営理念を突き詰めていくと、最終的には坂本先生の言われた「幸せ」という言葉に行きつきます。

お客様だけの「幸せ」を追求しても、それには無理があります。そのためには、従業員や協力業者の幸せも考える必要があります。潜在顧客となる地域社会への貢献も見逃せません。 結局、企業を永続的に経営していくには、どれか一つの満足を追求しても持続することができないと思います。

坂本 「会社は人を幸せにするためにある」という考えは、初めて聞くと何か綺麗ごとのように感じる方もいるかもしれません。私も初めからこの考え方であったのではありません。長年、数多くの会社の現場を見ていく中で、「人」を幸せにすることこそが経営の本質であるという考えに至ったのです。

最近では、伝統的な経営学に代わるものとして社会に受け入れられ始めています。事実、日本に数ある経営学の大学院研究室の中で、私の研究室は最大規模となっています。それだけ、私の提唱する経営学を学びたいという人が急速に増えてきているという証明でもあります。

リーダーシップは背中と心で示す

松本 では、坂本先生の経営学を実際の経営において実践するためには、何か気を付けることはありますか?

坂本 私の考え方が社会で受け入れられて来たこともあり、最近では、「従業員を大切にする経営をやっています」と言っている経営者が増えて来ました。それ自体は良いことなのですが、問題は、従業員がそれを全く実感していないことです。つまり言っていることと実際に行っていることが全く違う経営者がいるということです。

松本 そうですね。私の経験でも、従業員の幸せが第一と言いながら、自分は高級車を乗りまわしたり、社員にはコストダウンと言いながら自分はグリーン車に乗ったりする経営者がいます。そのような発言と行動のギャップが見えると、社員としてはモチベーションが下がってしまいます。

坂本 その通りです。したがって重要なことは2つあります。1つ目は、「人を幸せにする」という錦の御旗のもとに経営を行うこと。いかにして利益を出すとか、いかにして一番になるとかではなく、いかにして人を幸せにするかということ。いつでも、どこでも、とことん人を幸せにするために経営を行うことです。

そして2つ目の重要な点は、自分たちは大切にされているということが、先に述べた5つの「人」に実感されているかということです。この2つはコインの表と裏のような関係で、両方があって初めて意味を持ちます。

松本 そうすると、経営者は「人を幸せにするために経営をしている」というメッセージをどうやって従業員を始めとする関係者に伝えていくかがポイントになりますね。

坂本 そうです。私はよく、「リーダーシップは背中と心で示せ」と言っています。松本さんが先ほど言われた「経営理念」についても、社長がその一番の体現者であるべきです。従業員は普段、社長に意見をしないかもしれませんが、実は恐ろしいほど経営者の背中を見ています。

私の知っているある会社では、従業員が600人もいる規模の会社にも関わらず、その社長室は会社の隅にあります。それは、まるで倉庫の様な部屋。狭くて窓が1つもなく、社長はそこで、いつも立って仕事をしています。従業員に用があれば、呼びつけるのではく、自分からそこに向かいます。また経理も公開して全てつつみ隠さず、隠し事は一切ありません。

この会社の従業員達は、このような社長の「背中」を見て、社長に何とか苦労を掛けさせまいという思いから、一生懸命、業務に取り組んでいます。言ってみれば、社長は社長という役割をしている社員に過ぎないのです。

松本 その通りだと思います。経営者には、社長という役割を担っているに過ぎないという謙虚さが必要です。それがなければ、会社を私物化し、社員を手足のように使ってしまいます。謙虚さとは、自分が何も知らないということを知っていることであり、当たり前のことを当たり前に思わないで感謝ができることです。そのような謙虚さを持ったリーダーシップが必要だと思います。

坂本 私は経営学を教えていますが、いかに儲かるかという教育はしていません。そうではなく、いかに正しい経営をするか、経営者はどうあるべきかを教えています。

このことをきちんと理解して、「人」を幸せにする経営を実践する経営者が日本中で増えていくことを期待しています。

(終わり)
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