ものづくり大国の日本が苦境に立たされている。新興国の台頭などの国際競争力面での厳しい状況のみならず、国内においては団塊世代の定年退職等による経験豊富なエンジニアの人材流失、さらに「そうした技術の伝承がなされていない」との危惧の声も聞かれる。そうした厳しい状況下、各企業は限られたリソース(資源)を活用しつつ、技術開発へ向けた複雑且つ大型プロジェクトの遂行が求められている中、「プロジェクトリーダー育成」の必要性と育成のガイドラインについて、実務経験も豊富な専門家の2人が語り合った。

【ビズテリア経営企画 編集部】

「森を見て木も見る」という視点

当麻 哲哉 (Tetsuya Toma)
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 准教授

PMP(米国PMI認定 Project Management Professional)。元・米国3M社Advanced Product Development Specialist 専門分野:ブロードバンド社会の先端コミュニケーション・システムの開発と実用化。グローバル企業技術者として、プロジェクトマネジメントを通した豊富な製品 開発と市場導入実績、多数の社内報奨受賞経験。
当麻氏(以下、敬称略) 現在、産学協同での「プロジェクトリーダー育成」講座の開講へ向けて、高橋先生などの産業界での豊富なプロジェクト経験を持つ講師陣とそのカリキュラムを作成中なわけですが、そのキーワードは「森を見て木も見る」という言葉に集約されています。

現代社会が多様化、複雑化していく中で、産業界ではいろいろな角度から物事を見る視点が非常に重要視されてきています。

「木を見て森を見ず」ということわざがありますが、今の産業界においては「森も木も両方を見る」という視点が大切です。森全体を見ることはある意味で簡単です。ちょっと離れた位置から社会を眺めてみれば、問題点が見つけられます。しかし、その問題点の本質がどこにあるのかは、一本一本の木を見なければ分かりません。

また一本一本の木しか見ていない場合でも、その木を育てるために必要な森全体のバランス、例えばそこに暮らす動植物の生態などがどうなっているのかが見落とされてしまう危険性もあります。ある意味でこれまでの大学院教育とは、細かく専門別に分けられてきましたので、「一本一本の木だけを見る」教育をしてきたのかもしれません。

高橋 良之 (Yoshiyuki Takahashi)
日揮プロジェクトサービス株式会社 顧問

日揮において国内・海外の石油精製、石油化学、化学、食品加工、家電、自動車関連プラントのプロジェクトをプロジェクトマネジャー等として担当。現在大学を含めたプロジェクトマネジメントの講座、講習会の講師やエンジニアリング遂行技術向上のためのコンサルタントなどを行っている。
高橋氏(以下、敬称略) それを組織の中で判断するのが、まさに今回のリーダー育成の対象となるプロジェクトリーダー(プロジェクトマネジャー、技術リーダー)なわけです。

21世紀に入って日本のものづくりの技術にも陰りが見えてきました。その理由としては新興国の台頭による価格競争の激化もありますが、問題なのは世界をリードするだけの力をまだ残しながら、その技術を武器に世界に向けてビジネス展開していくためのリーダー、つまりプロジェクトを海外で具体的に展開、リードできる海外経験豊富な人材が日本では非常に不足しつつあることです。

日本には世界をリードする専門技術者は数多く存在します。しかし、そうしたプロジェクトリーダーはほとんど育っていません。日本の製造業がデジタルの時代に入り、国際競争力の弱体化を招きつつある大きな要因も、実はそこにあると思っています。




「産学協同」で推し進めることの必要性

当麻 まったくその通りですね。その関連で言うと、例えば日本の携帯電話。その技術は機能も豊富で凄く進化しています。しかし、日本の携帯電話のワイヤレスシステムは国際的に見ればとても孤立していて、海外から携帯電話を持参した外国人などは、日本ではその携帯電話が使えないという弊害があります。それは銀行、コンビニなどのATMでも同様です。同じVISAでも海外から持参したカードは読み取れないわけです。私自身、海外で暮らしていた時期が長かったのですが、出張で日本に来てVISAで新幹線の切符が買えないときもありました(笑)。

それが逆に日本から海外に出かけた場合は問題ないわけです。日本の携帯電話やVISAは海外でも使えるように工夫されていますから。

日本で生活しているとなかなか気が付きにくいのですが、それが理由で日本に行きたがらない外国のビジネスマンの事例もあり、そうした積み重ねも日本が今、世界から孤立しつつある一因になっていると思われます。

プロジェクトリーダーの育成を今回、高橋先生を講師に迎えて「産学協同」で推し進めることの必要性を感じるのも、そのためです。
高橋 20世紀はまだそれでも良かったんですね。日本自体が成長期で、海外からの需要も豊富にありましたから。しかし、21世紀の安定期に入り、日本企業がどんどん海外に出て行かなければいけなくなりました。

ところが、海外に進出している日本企業を見ていると、「日本のやり方を押し付ける」かつての習慣から抜け切れていない、またグローバル化という言葉だけが先行していて、相変わらずドメスティックなやり方のままの企業も数多く見られるのが現状です。

もちろん、20世紀には自動車、家電、エレクトロニクス関連の代表的な企業が、世界で素晴らしいリーダーシップを発揮してきました。

そうした世代のプロジェクトリーダーの多くが続々と定年を迎える中、その経験とノウハウの「技術の伝承」が後輩にしっかりと伝わっていない。これが今日の非常に大きな問題であり、今回の「プロジェクトリーダー育成」の必要性を強く意識した理由です。

育成と同時に「基盤の整備」を

当麻 大学や大学院の研究室でも、文系と理系、さらに専門学科への細分化が進み、結果としてお隣の専門科のことは全然分からないという学生が非常に増えています。

昨年、新しく設立されたシステムデザイン・マネジメント研究科では、あえて文系、理系は問わないようにしています。

多様な専門分野や経験を持つ人たちが集まり、そこでディスカッションをし、新しいものを生み出していくという考え方を基本にしているからです。

われわれはメルティングポット(人種のるつぼ)と呼んでいますが、経営者もいれば、弁護士、銀行マン、メーカー技術者などさまざまな職業や立場の人たちが同じ目的を共有し、集まっています。

当初われわれは「育成する人物像」までのスケジュールを2年間と想定していましたが、予想に反して一年目にして一人ひとりが別人のように成長しました。その成長の最大の秘密は何なのかといえば、「環境」なんですね。普段は経験しないディスカッションの嵐の中で揉まれることで、学生は予想以上のスピードでどんどん伸びていったわけです。

高橋 その「環境」こそが、プロジェクトリーダーの育成には絶対に必要な条件なのです。つまり、リーダーの教育においては、個人の育成と同時に企業としての「プロジェクト遂行基盤の整備」をしなければ意味がありません。

大学からいくら優秀な人材(タネ)が来たとしても、それを育てる畑が良くなければ駄目で、企業に戻ってプロジェクトリーダーとして活躍してもらうためには、企業の畑、つまりプロジェクトの推進基盤、技術基盤がしっかりと整備されている必要があるのです。そうした基盤と育成プログラムが平行していないと、なかなか効果を発揮しません。まさに「産学協同」で遂行する意義はここにありますね。

現在、当麻先生と作成中の「プロジェクトリーダー育成ガイドライン」では、リーダー育成までに通常13~16年かかっていたスケジュールを8~13年まで短縮できる仕組みになっており、その成長過程を学生一人ひとりが共有化、可視化できるのも大きなポイントです(図 「プロジェクトリーダーの育成スケジュール」参照)。
プロジェクトリーダーの育成スケジュール

「多様化」と「融合」がキーワードに

当麻 冒頭で「森を見て木も見る」という話をしましたが、プロジェクトリーダーの育成にはそうした一企業としてではなく、社会全体を見てバランスを取っていく。いわば「多様化」とそれの「融合」の両方が、今後は重要になると思われます。

例えば化学メーカーの企業は化学の専門ですから、採用面でも化学系の学生ばかりを採ります。その場合、専門性の深堀は可能でしょう。しかし、例えば企業が本当に望んでいる長期にわたって売れる商品を開発しようとするならば、むしろ多様な人材を入れなければいけないのではないか、とも思うわけです。

もしくは商品開発にあたって、一社単独で考えるのではなく、関連する異業種何社かの企業がアライアンスをし、一つの大きなプロジェクトを組んで取り組むということも想定できます。実際、海外ではそうした異業種の企業を国がまとめて、国家プロジェクトとして他国にプロジェクトを提案しているような国もあります。

そういう意味でも「多様化」と「融合」が、これからの複雑化した社会の中ではますます大きなキーワードになると思われます。

そして、われわれは「産学協同」でのリーダー育成を今後進めるにあたり、主旨に賛同される大手および中小企業からの、活発なご意見も大いに歓迎したいと考えております。
(終わり)