「炎上」というネット用語があります。ネット上に投稿された発言に対して、爆発的に非難が集まる事態を指して言われる言葉です。
場合によっては、その発言のあったブログや掲示板などが閉鎖に追い込まれることもあります。
有名人・著名人のコメントが炎上する場合もありますし、
最近では、いわゆるバカッターなる人たちが、店舗などでの「悪ふざけ」の様子を投稿して炎上する場合など、さまざまです。
ちょっとした言動が炎上につながるケースが増える一方で、
物議をかもしそうな数々の発言、行動をとりながら、
炎上とはならず、むしろ、そのことで尊敬まで勝ち取っている人がいます。
ビートたけしさんその人です。
たけしさんの新著「ヒンシュクの達人」では、その毒舌ぶりは相変わらずです。
「売れなくなったらエロ」の橋下市長は「落ち目のアイドル」と同じ。
馬鹿なガキには「いじめ」じゃなく「犯罪」と言え。
高校球児は「方言以外使用禁止」にしろ 。
などなど、物議をかもしそうなタイトルのオンパレードです。
しかし、不思議なのは、
ちょっとした発言から炎上してしまう芸能人が多くいる一方で、
たけしさんの一連の発言は、同じようにはならないことです。
「世界のキタノ」と呼ばれるようになってからは、減ってはきましたが、
それ以前は、たけしさんの発言や行動はしばしば、
各方面に波紋を呼ぶことがありました。
つまり「ヒンシュク」を買うことが結構あったのです。
しかし、そのほとんどは、炎上の一歩手前というギリギリのライン。
炎上しそうで、炎上しない微妙なバランス。
そんな「危険な火遊び」とも思える「ヒンシュク」が、
ビートたけし信者を魅了しているのだと思います。
そして、その「ヒンシュク」は、単なる「ヒンシュク」ではありません。
言葉尻だけを見ると、発言の対象を単に侮辱している内容に取られがちです。
しかし、そのことを掘り下げてみると、
そこには、その対象者に対する、配慮や思いやり、気遣いといった愛が見え隠れしています。
同時に問題の特徴を的確に捉え、
その本質を見事に浮かび上がらせているとさせ思えるのです。
つまり、たけしさんの「ヒンシュク」には
愛があり、また奥行きがある
と言えるのではないでしょうか。
それこそが、ヒンシュクの達人と言われる所以なのかもしれません。
このようにヒンシュクも、「達人の域」にまでくると、
それはマイナスに働くのではなく、むしろプラスに働いています。
たけしさんのファンは
「たけしのヒンシュクには、深い意味があるにちがいない」というイメージがインプットされています。
何か問題発言をしても、
「いやいや、本当は別の意味がある」
「本当に言いたかったことは、こういうことだ」
などと、
たけしさんに代わってファンが、言外の意味までも代弁してくれます。
ルイビトンの時計に惹かれるのと同じように、
ビートたけしのヒンシュクに惹かれているのです。
これはもはやブランドと言えるでしょう。
ブランドのある商品には、顧客が継続的に購買しようという傾向があるそうです。
たけしさんのヒンシュクも、ファンはもっともっと聞きたいと思っているに違いありません。
「ヒンシュクの達人」には商品ブランドを考える上でのヒントが隠されている様です。
ヒンシュクの達人 (小学館新書)