日本ではベンチャー(スタートアップ)が育たないと言われている。だが、松田氏によると、問題は大企業がベンチャーとどのような関係をつくっていくのか、その点にあるという。
魅力的なベンチャーを大企業が買収することは、ベンチャーにとっての成功というだけではなく、大企業の次の成長にもつながるものだ。松田氏に日本のベンチャー育成について聞く。
日本では、ベンチャー(スタートアップ)の成功とは、成長して大きな企業になるといったイメージではないでしょうか。実際に、ソニーも京セラもホンダも、戦後に誕生したベンチャー企業が、世界のトップ企業になった事例です。
しかし、ベンチャーの成功とは、一般的には大きくなってイグジット(Exit=創業者が株式や事業を売却し、利益を手にすること)することです。しかも、イグジットのイメージは、IPO(新規株公開)と思われるかもしれませんが、米国におけるイグジットの90%はM&Aです。
問題は、日本企業はベンチャーのM&Aに積極的ではないということです。日本企業は終身雇用が前提となっているため、異質な文化を持った人を会社に受け入れることを嫌うからです。その点、海外の企業はM&Aを避けていてはグローバル市場で勝てませんから、異質な文化、言語、宗教を受け入れますし、またそれらをマネージするノウハウも持っています。
大企業のエンジニアにとっても、ベンチャーを起業する魅力は少ないと思います。大企業の部長とベンチャーの経営者では、どちらが尊重されるか。日本では大企業の部長ですが、米国ではベンチャーの経営者です。
ベンチャーの経営者は購買など事業における意思決定ができますが、大企業の部長はそうではありません。その点が違います。しかし日本では組織に価値を与える文化です。したがって、会社に残る方が、メリットが大きいと感じるのではないでしょうか。ただし、これは世界の中では例外だと思った方がいいでしょう。
日本でベンチャーが育つためには、まずベンチャーがイグジットできる、すなわち大企業がM&Aに積極的になることが必要です。これは、今風に言うと、オープンイノベーションです。大企業にはオープンイノベーションを進めて欲しいということです。
とはいえ、大企業がオープンイノベーションをきちんと理解しているのかどうか、疑問もあります。外部の技術を取り入れる、ということだと考えているのではないでしょうか。しかし、取り入れるべきなのは技術だけではありません。マネジメント、サービス、人材などを含め、自社よりも優れているものすべてを積極的に取り入れることです。当然、これらを取り入れるということは、先ほどもお話したように、異文化を取り入れることです。
M&Aを行う一方で、不要な事業を外していくことも必要です。事業を売却するということもあるでしょうし、別会社にする、あるいはその事業部の方が独立する、といったこともあるでしょう。しかしこれも、事業を外に出すことで技術者も外に出ますから、その技術者にとってもベンチャーの起業のようなチャンスだともいえます。
いろいろな技術を持ったベンチャーが出てきて、うまくいったベンチャーを買収する大企業がある。それが次の成長と新たなベンチャーにつながっていく。こうしたことがうまくまわっていく、そうしたエコシステム(生態系)ができることが望ましいと思います。シリコンバレーではエコシステムができているし、日本でもゲームやアプリの業界ではできつつあります。こうしたしくみが一般化すれば、日本社会の10年後はまったく違うものになると思います。
日本の大企業の経営が変わるにあたって、トップを外国人にするケースに注目しています。例えば武田薬品工業がそうです。社長にクリストフ・ウェバーさんを就任させました。これは、前社長(現会長)の長谷川閑史さんが断行したことです。武田は2008年に米国のバイオ医薬品会社であるミレニアムを買収しています。こうした入ってきた海外の人たちに、武田の生え抜きの方々がかなわなかった。もちろん日本人も優秀なのですが、育ってきた環境が異なるのです。
古き良き家族的経営に慣れた人たちからは、外国人の社長就任に対しては怨嗟の嵐です。そのため、こうした改革が成功するかどうかは、まだこれからです。うまくいかなかった事例もたくさんあります。
しかし、武田の売り上げの半分以上は海外です。また、開発に時間もコストもかかる新薬の開発には、オープンイノベーションは不可欠です。自社に、世界で勝てる人材がいなければ、スカウトしていくことにもなります。武田は徹底したオープンイノベーションに舵を切ったということなのです。