4大経営資源とされる「ヒト・モノ・カネ・情報」の内、今日本当に「希少」であるのは「ヒト」だけです。「情報」は「洪水」のようにある。「カネ」も行き場を探して世界中を駆け巡っている。「モノ」はその余っているはずの「カネ」さえあれば買える。しかし、「ヒト」だけはそうは言えない。今ある事業機会の実現に最適な「ヒト」、未だ見えない事業機会を発見し、それを捉えてくれるような「ヒト」それがどこにいるのか、それが分からない、いやそれだけが分からないと言ってもいいような事態、それこそが今の企業の経営課題そのものであると実感している経営者は少なくないのではないでしょうか?
「ヒト」という資源が本来そのようなものであることに加えて、新たに「人手不足」といった要素も加わってきています。しかも、それは単なる景気の好不調からきているものではなく、もっと長期的で構造的なもの、「少子高齢化」といった趨勢によってもたらされています。今や日本は「高齢化社会」であることを過ぎて、「超高齢化社会」であることも超えて、「超高齢社会」になってしまいました。潜在的労働人口がそもそも足りない。
それにともなって、「就職氷河期」という言葉に代表される「買い手市場」はいつしか去り、労働市場は「売り手市場」化しつつあります。これまでも「いいヒトは集まらない」といった事態に悩んできた採用担当者は「そもそもヒトが集まらない」といった事態に直面しつつあるわけです。「人はパートナーである」といいましたが、その一歩手前で、「資源としてのヒト」の「希少化」が進捗しつつあるということを忘れるわけにはいきません。
だからこそ、「ヒト」はどこかから都合よく「調達」してくるのではなく、自分で「育てる」時代になってきているのだと思います。逆に「ヒトを育てる」ことについて実績のある企業だけが「育つ」、「成長する」ことを志向する「ヒト」を集めることができる、そういう時代。サイト上で自分の会社が「ブラック企業」として名指しされるといったことをどう防ぐか、これは日本の企業にとっての「今ここにある危機」ですが、「ヒトを育てる企業」としての評価をどのように得るか、今後はそうしたより積極的なことが企業にとっての重要な経営課題になる。そういう時代がそこまで来ていると思います。
4大資源の中で「ヒト」が持つもう一つの稀有な特性は「ヒト」だけが「大化け」するということです。モノが一通り行き渡り(したがってありきたりのものの値段はどんどん安くなり)、カネが余り、情報が溢れる中で、ヒトだけが「大化け」する可能性を残し、秘めている。それが信じられなければそもそも企業活動などやっていられません。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのようなソロのヒーローを日本の企業社会は生み出し難いかもしれませんが、それでも日本の企業にはそれを補って余りある「組織力」がある。とはいえ、組織が十全に力を発揮するためにはやはり組織を構成する「ヒト」が「化ける」ということがなければならないでしょう。
「ヒトが化ける組織」だけが成功する。だからヒトは化けねばならないし、化けることができる。企業活動という「賭け」は「ヒトが化ける」ことへの「賭け」なのだと思います。ちょうど、競馬が馬が駆けることへの賭けであり、競艇がボートが走ることについての賭けであるように。
企業にとってそれほどに「ヒト」が重要であれば、その「育成」が重要であることそれ自体については論を待ちません。ではどうしたらいいか?一言で言えば、「人材育成を戦略レベルのこととして考える」ということに尽きます。「人材育成を戦略レベルで考える」とは「人材育成を経営戦略の一部として考える」ということに他なりません。「経営戦略の一部として考える」とは「経営戦略と人事戦略と人材育成戦略は一環したものとして統合されていなければならない」ということを意味します。
つまりそれらは本来、経営そのもの、「経営者の仕事」である、ということです。
であれば、人材育成担当者の仕事は何か?もちろん「人材育成戦略」についてスタッフとしてそのたたき台を作成することも重要な仕事ですが、経営戦略→人事戦略→育成戦略に基づいて社員に「実装」すべき具体的なスキルセット、マインドセットを具体化、分節化して教育体系やロードマップを作成すること。そして研修やOJT等の方法で実際にそれらを「実装」することだということになります。
この場合、人材育成担当者の責任範囲は、与えられた「戦略」の分節化と具体化とその実装だけであって、「戦略」の善し悪しは「経営」のつまりは「経営者」の問題だというのが本来です。しかし、実際にはこのあたりのことが整理されないままに、「研修」が予算の範囲で外部委託されるといったことしか行われていないことが多い。それでは、経営者も育成担当者も受講者となる社員も受講者を送り出す現場の上長も四方八方が誰も喜ばないし、幸せになれない。残念なことです。
上の問題がすでにある(はずの)戦略の実現のためのスキル実装のための教育に関するものであるとすれば、もう一つの難所は、今はまだそこにない将来の戦略を創り出すための人材をどのように育成していくのかということに関連します。とはいえ、この二つを分けて考えるということそれ自体が、この難所を乗り越えるための最初の一歩です。つまりこれを弁えれば、まず最初の一歩の踏み出しに我々は成功したことになる。
第一の難所が企業の「短期的経営目標達成」のためのものであるとすれば、第二の難所は企業の「長期的存続」のためのものであると言えるでしょう。例えば、期毎のもしくは中計の目標達成のため教育が前者に、次世代リーダー育成のための教育などが後者にそれぞれあたります。これら二つはもちろん分けて考えなければならない。当然のことです。ここが混ぜこぜになると、教育効果測定などにブレが生じてしまいますし、そうなると継続的な教育に欠かせない「公正でタイムリーで具体的なフィードバック」がどこからも得られなくなってしまいます。それではやはり、育成に係わる全ステークホルダーが不幸になるだけです。
(つづく)