「組織診断」と「総報酬」意識を高めるキーワード
社員が本気で働きたくなる環境とは
秋山 健一郎
生産性・モチベーション低下の背景
08年のいわゆる"リーマンショック"後、今日に至るまで「景気が悪い」と囁かれています。当社はあらゆる事業規模の会社とお付き合いさせていただいていますが、大企業ほど「景気が悪い」「(事業)環境が悪い」と言う傾向があります。成績が伸びないことを「景気が悪い」という理由に求めているわけですが、現在のように厳しい事業環境にあっても成長している企業はあります。経営に携わる人(部門)は特に、そういった企業との違いは何なのか、自社の課題はどこにあるのかを理解し、対策を打つ必要があるのではないでしょうか。
多くの企業、経営者に問題点を聞くと"生産性"や"モチベーション"の"低下"を挙げるところが多いのですが、しかしそれらの本質は経営そのものに対する考え方・視点の問題です。うまくいっている企業はその時々の課題に適切に対応していて、生産性とかモチベーションなどをいちいち考えていません。生産性やモチベーションの低下に悩んでいる経営者の多くは、経営の視点が"世間一般の基準"にしばられ、それにとらわれた人事組織管理を行っているのではないでしょうか。生産性やモチベーションといった抽象的な概念論で終わるのではなく、部下や社員が一生懸命働いているのに結果が出なければ「自分の指示する方向性が間違っているのでは?」、部下や社員が一生懸命働いていないように見えるなら「それは何故?」というように、個別課題を整理することが重要でしょう。
"数字"を上げることだけが貢献か
人事組織管理の手法の一つとして"成果主義"を導入する企業が増えましたが、その多くは成功していません。なぜなら、成果主義が"数字偏重"に陥っているからです。そもそも「成果主義」とは何でしょうか?自社の顧客にどんな製品・サービスを提供できるかを考え、実践し、結果として企業の成長につなげることではないでしょうか。つまり、経営の意図を実現することに寄与する社員一人ひとりの活動の結果を評価することであり、"数字"はその一部であってすべてではないのです。成果主義が本来とは違う方向に進んでしまったため社員の評価も不適当なものになってしまい、結果、生産性やモチベーションの低下が起こる。このことを考えなくてはなりません。
組織とは経営の意図(理念・使命・ビジョン等)に基づき各社員が協働して結果を生み出し、意図の実現を目指して活動を継続する社会的な存在です。経営の意図を実現するためには、一人ひとりの社員にそれを明確に伝え、何を期待しているかを丁寧に説明する必要があります。ところが現実は目先の数字(数字目標達成)に終始してしまいがちで、このことを実践している企業は少ないと言わざるを得ません。だから業績が悪くなってくると「生産性が低い」とか「モチベーションが上がらない」ということばかり問題視されるようになってしまうのです。
いうまでもなく組織を構成するのは人(社員)であり、人事組織の構築は企業の最重要事項です。社員一人ひとりの仕事の内容を経営の向かう方向と一致させる組織作りが出発点です。これまで日本の多くの企業が取り入れてきた年次管理を基本にした人事管理は、時として仕事と無関係な"身分制度"を生み出してしまうので採用はできません。"年功序列""過去の踏襲"ではなく、"何をすれば組織の意図実現に貢献したと言えるのか"を明確に感じさせる人事マネジメントが重要なのです。それには、成果とは何かを定義し、結果に対する評価・報酬のあり方を考えることが不可欠です。
社員の満足度は各人で違う
間違った成果主義が数字のみの評価に終始するということはお話ししました。しかし、成果の中には「お客様との信頼関係の構築」といった目に見えない(数字に表れにくい)ものもあります。数字に追われ無理・無茶な活動をした結果、「信頼を失う」という最悪の事態を招くケースもありますから、例えば「信頼関係の構築」という成果は非常に大きいものといえるでしょう。このように求められる成果を定義した上で、その結果に対する報酬の中身を明確化することが必要なのです。報酬は単に"金銭的なもの"だけではありません。社員が何を魅力的と考えるか、どうなれば満足度を得られるかは個々の社員により違うはずです。社員が皆同じものを望んでいると考えない方がよいでしょう。報酬には金銭的なものも含めて多様な要素が求められますから、それを制度設計し、組織への貢献度と各報酬要素との結びつきを明確に示すことが企業成長を実現する人事組織構築の第一歩となるのです。
当社が関わった事例を少しお話させていただくと、小企業(社員100人未満)の分類に入るある研究所の場合、それまでの年功管理から仕事ベースへの転換を実施しました。そうすると毎期の仕事の目標が明確になり、結果、評価と処遇との連動の曖昧さが排除されたのです。中堅規模(500~600人)のIT企業は、能力評価に偏っていた評価・処遇条件を仕事の大きさも考慮したものに設計変更することで、評価と処遇のバランスが取れ組織の柔軟性が生まれました。
社員への意識調査が課題を露出させる
こうしたことを実現するため我々は「組織診断」を行います。手順を簡単に説明しますと、社員の方々に対してまず、①「何をやれば会社に貢献したことになるかを分かっているか」を聞きます。次に、②その評価がきっちりなされ報酬につながっているか、そして、③その報酬が魅力的かどうか、を聞いていくのです。しかし残念ながら多くの企業の場合、最も重要な①ができていません。それは、多くの企業が成果を数字と同一視しているため社員も数字偏重の考え方になり、経営者が目指す方向性が理解できていないからです。逆に言うと、この「組織診断」で浮かび上がった課題が、今後の人事組織を動かす要因になるのです。例えば、社員のモチベーションを何により支えるか。経営者が数字だけにこだわっていてはダメで、人との関わりやモノとの連動の中で社員の活動を評価し、金銭的報酬のみならず、社員にとって魅力的な非金銭的報酬を与えられるかどうかではないでしょうか。
当社は人事制度設計・構築に関するコンサルティングから、ダイバーシティー・マネジメントを中心にした講演・研修・トレーニング、給与調査などの各種調査活動など、幅広く案件をいただいています。中でも重視しているのは、風土調査による社員側の意識を定量的に把握・分析することです。そしてそこで明らかになった課題に対応した施策の設計・運用支援を行います。人事制度設計・構築における重要な要因である報酬という概念も社員のための施策全体として広く捉え、役割を基に"総報酬"という広い概念で、常に全体の整合性に配慮した制度構築を考えています。企業理念・戦略を支え、戦略の達成を支援する人的資源マネジメントの概念"みのりコンセプト"をもって、皆様のお役にたてると確信しています。(終わり)