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骨折からの受験、危機の過ごし方 | 大内智久(Tomohisa Ohuchi) 悦楽の館 | ビズテリア

骨折からの受験、危機の過ごし方

2015/09/30
昔、俺は骨折したのに試験を受け続けて回復は遅れながら、自分の基盤になる感覚はあそこにあるという体験をしたので参考になるかと思い書いてみる。私は偏差も上々で11月に入り修学旅行を終えて中学受験は大詰めであった、体育は本来本気にやらないものが出たりするが、私は素行も悪いしせめて本気で毎日やりましたという一筆がないと受からない危険が感ぜられてバスケをしたら友人と接触して文字がかけなくなったのだ、私は反省したが、周りは冷ややか、親は険悪、一番は彼に対して示しがつかなくなった、塾の先生はもうダメか…という、私は驚くほど世話になったもんだったから、情けない気持ちが一杯だった。しかし、飯を食うとき、不意に割りばしについ手がいき、割れないのだが、握る…痛いが握れるな…という事に気付いた。すると、模試から何からまだ幾つもあって、金を沢山払ってたのだから席にいるよりなんかは書いてみるか…という訳で会場に行ったし答案が後できたが、そのときに周りのリアクションは意外な驚きに満ちていた。勿論偏差は落ちた、とにかく長文は頭で理解しながら手が書ききれないのである。引用文のために引いた線は太くてズルズルと情けない…ただ、これが周りには何か心に与えるものがあったらしい、今まで接触のなかった人間がノートをとってくれたり、ポテトを回してくれるやつもあらわれた、軽蔑から遠ざかる人間の代わりにきた人間がある、とするとやはり完徹して礼を尽くしたい、結局受験ギリギリで外れ、初日こそおとすも残りは受かり、回復も怪しいグリグリなぞる文字であるが受かれた。
これは落ちた所で大儀があるという開き直りが却ってメンタルはゆとりがうまれた所も大事、病院にちょくちょく行くから取りあえず生きてるだけでいいもんだな…という気楽さもうまれた…大ピンチにも肯定的なものがある
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